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高松高等裁判所 昭和30年(ネ)211号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 土佐電気鉄道株式会社

被控訴人(附帯控訴人) 植田ヒサノ

主文

本件控訴を棄却する。

原判決中被控訴人(附帯控訴人)の敗訴部分を取消す。

控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し金二十三万九千六百三十七円及びこれに対する昭和二十九年三月二十日より右金員支払に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の負担としその余の訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分しその一を被控訴人(附帯控訴人)その余を控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

控訴人が地方鉄道法による地方鉄道業者で、一般自動車運送事業を兼営し、高知市播磨屋橋より中の橋通りを経て同市秦泉寺に至る路線を定めて、これを往復する一般旅客乗合自動車運送事業を行つていること、昭和二十八年六月六日午前十時十二分秦泉寺発播磨屋橋行の控訴人経営の乗合自動車の運転者で控訴人の被用者訴外野村真がその運転する乗合自動車の運転を誤りこれを田の中に墜落横転させたため乗客たる被控訴人が負傷したことは当事者間に争なく、原審証人久米吉夫の証言により成立を認める甲第六号証原審証人植田権太郎の証言により成立を認める同第五号証同第七号証、原審証人久米吉夫、同沢本澄恵、同岡村一雄(一部)の各証言、当審鑑定人津下健哉の鑑定の結果、原審及び当審における証人植田権太郎、被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人は事故後直ちに岡村病院(外科)に運ばれたが頭部打撲脳震盪、左前膊腱切断、呼吸困難等の重傷で、数日後左腕切開手術を行い事故により同部に入つていた長さ二糎位の硝子の破片二個を摘出し、更に数日後左腕前膊内側を切開し神経縫合手術を受けたが左腕の運動及び左手指の屈伸の自由を回復せず昭和二十八年六月二十九日退院しその後電気治療等を続けたが右事故による左尺骨神経末梢の損傷と左手指諸関節の拘縮のため左手は上方に垂直にあげることも又後方に廻すこともできず、左手指の屈伸の自由は著しく失われ把握運動は殆んど不可能で医師よりこれ以上の治療は不能と診断せられたことを認めることができる。証人岡村一雄の証言中右認定に反する部分は採用しない。

控訴人は被用者の選任、監督につき相当な注意を払つたと主張するからこの点について考えるに、原審及び当審における証人野島国敏、当審証人久米滋三、同久川登の証言によると控訴人は訴外野村真を雇傭するに当り年令二十五年以上にして中学卒業以上の学歴と、三年以上の運転経験を必要とする控訴人の運転手採用基準に従い且つ同人が嘗て運転事故を起したことがないことを確め学課、身体及び運転技術の試験を経て雇入れ、雇傭後は同人に対し法規を守り細心の注意を以て運転すべきことを注意し又時々指導員が巡視して注意を喚起し指導してきたことが認められる然し右認定事実の程度を以ては選任上の過失を否定しても、監督上の過失がなかつたものとは到底認められない。

よつて控訴人は使用者として右事故によつて被控訴人の被つた損害を賠償しなければならない。

そこで損害額について考える。

成立に争のない甲第一、二、三号証、当裁判所において真正に成立したと認める甲第四号証、原審証人植田権太郎の証言により成立を認める甲第八号証、原審証人沢村澄恵、同久米吉夫、原審及び当審における証人植田権太郎、被控訴人本人尋問及び鑑定人津下健哉の鑑定の結果によると、

(一)  被控訴人は本件事故により時計一個破壊により金八百円、書籍一冊水浸しにより金千三百円、靴及び傘紛失により金千円の損害を被り、洋服の洗濯賃として金三百六十円、栄養補給費として金一万九千六百円、治療費として金五千六百八十円を支出したこと

(二)  被控訴人は事故の前は夫の事業たる教材販売の手伝や編物等により一日金三百円の収入があつたが事故のため事故当日より退院まで二十四日間はその全額その後は半額金百五十円を失い、また事故当日より退院までの間は裁縫洗濯等家事労働を自からすることができないため一日平均金百円の支出を余儀なくされその後も家事労働を十分することができないため一日平均金五十円の支出をなしおり、事故当日より昭和二十八年十二月末日までの間に右金員は合計金四万六千六百円となるところ入院中の食費一日金百五十円二十四日分三千六百円を控訴人が負担したのでこれを控除した金四万三千円の損害を被つたこと

(三)  被控訴人は助産婦の資格を有し沢本医院に看護婦として勤務しながら傍ら同医院で助産婦業務を営んでいたが、適当な場所で助産婦業務を独立して営むため昭和二十八年三月頃同医院を辞し同時に助産婦業務を一時中止し事故当時は夫の業務を手伝いながら開業場所を物色中で、遅くとも昭和二十九年一月よりは再開可能の状態にあつたのに、本件事故による負傷のため助産婦業務を行うことができなくなり、助産婦業務により純収入月平均七千円の割合による年収八万四千円を得ることが不能となつたこと、助産婦業務に費す実働日数は一ヶ月平均十五日一年間百八十日で残余の一年の内百八十五日は夫の業務を手伝い又家事労働に従事し支出を節約することができること、事故により前示認定の通り退院後は夫の業務手伝等による収入を一日百五十円の割合で失い同時に一日五十円の支出をしなければならないが被控訴人はこれ等に対する実働日数は裁判所の認定より少い百八十二日を主張するのでその日数により算出するとこれが金員は三万六千四百円となる。なお被控訴人は助産婦業務による一年間の純収入は金五万九千五百円であるとこれまた裁判所の認定より少い金員を主張するので被控訴人主張の金員を基準にすべく右二口の金員即ち三万六千四百円と五万九千五百円の合計金九万五千九百円が昭和二十九年一月一日より一年間に得べかりし或は支出を免れべかりし利益となるところ、被控訴人は事故当時五十才の健康体の女子であるので通常ならば昭和二十九年一月一日より少くとも十年間は変りなく働き得ること当裁判所に顕著な事実であるから右十年間に一年九万五千九百円の割合で算出した利益喪失総額九十五万九千円からホフマン式計算法による年五分の割合による中間利息を控除した金七十六万一千九百二十円(円未満切捨)が被控訴人の昭和二十九年一月一日より十年間に得べかりし又支出を免れべかりし利益喪失の現在額であること

(四)  被控訴人が本件負傷により被つた精神上の苦痛に対する慰藉料は金七万円を相当とすること

以上の事実を認めることができる

従つて被控訴人の本訴請求は右合計金九十万三千六百六十円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和二十九年三月二十日より支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却すべきところ、原判決はその中金六十六万四千二十三円とこれに対する遅延損害金についてのみ被控訴人の請求を認め当審の認定と一部符合しないので、当裁判所は控訴人に原審認定金員の外になお右差額金二十三万九千六百三十七円とこれに対する遅延損害金の支払を命じ、控訴人の控訴は理由がないからこれを棄却することにし民事訴訟法第三百八十四条、第三百八十七条、第九十六条、第九十二条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 三野盛一 加藤謙二 小川豪)

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